【社会起業家】

【社会起業家】 社会起業家(しゃかいきぎょうか)は、社会変革(英: Social change)の担い手(チェンジメーカー)として、社会の課題を、事業により解決する人のことを言う。社会問題を認識し、社会変革を起こすために、ベンチャー企業を創造、組織化、経営するために、起業という手法を採るものを指す。 社会起業家(社会的企業家)により行われる事業は、社会的企業(ソーシャル・エンタープライズ、Social Enterprise)と表現されている。 ビジネスの起業家は、典型的には儲けと自分にどの程度報酬があったかで、その実績を計るのに対し、社会起業家は、社会にどれだけの強い効果を与えたかを成功したかどうかの尺度にしている。NPOや市民グループを通して働きかけを行うことが多いが、この分野で働く人は、企業や政府のセクターで働く人が多い。 社会的企業家(ソーシャル・アントレプレナー (Social Entrepreneur) )ともいわれ、「ソーシャル・イノベーション (Social Innovation) を起こす人」とも定義される。自ら団体・会社を始める人でも、組織内にあって改革を起こす人でも、いずれもありとされる。 例えば、ハーバード・ビジネス・スクールにおける社会事業年次大会、ナショナル・ギャザリングなど。 社会起業家=事業型NPOと考えられることもあるが、社会起業家は事業成功による社会貢献を目的としていることから、当然、株式会社や有限会社の事業形態をとることもある。 事業の初期段階は、ソーシャル・ベンチャー(Social Venture)。はじめから法人設立というプロセスを踏む場合もあるが、任意団体として地方公共団体の施設利用のための団体登録を起点にはじまる場合が多い。一定の組織、事業規模、収入源を確立し、安定的な運営をする事業体の中にも、株式会社や特定非営利活動法人、中間法人など法人格を取得することなく任意団体として運営する場合も少なくない。 社会起業、社会起業家と言う言葉は、1960年代と70年代に社会変革を扱う文学の中で初めて使用された[1]。ロザベス・モス・カンター (Rosabeth Moss Kanter) や、アショカの創立者であるビル・ドレイトン[2]や、その他チャールズ・リードビータ(Charles Leadbeater)などの活躍からが広まり[3]、1980年代、90年代になると、広く使用されるようになる。 1950年代から90年代まで、マイケル・ヤングが、社会起業普及に対し、指導的な役割を果たした。80年代には、イギリスで設立した一連の社会起業学校を含め、60を超える新しい団体を世界で設立した功績を認められ、ハーバード大学のダニエル・ベル教授が、ヤングのことを「社会起業に世界で最も成功した起業家」と評した。 「社会起業」「社会起業家」と言う言葉自体は新しいが、過去の歴史を通して、その存在を見ることが出来る。歴史的に注目に値する人々の功績として、古典的な「社会起業」に含まれるであろう者に、初めて看護学校を設立し、現代看護の開発者だったナイチンゲール、生協活動の設立者であるロバート・オウエン、ビノバ・バーヴェ (Vinoba Bhave) (founder of India’s Land Gift Movement)などが挙げられる。19世紀から20世紀にかけ、社会起業家は、福祉、学校、健康など、公共機関のサービスが採り上げるアイデアを育て、市民社会、政府、ビジネスを成功裏に駆け巡った。 現代的な社会起業家として良く知られているのは、2006年にノーベル賞を受賞した、グラミン銀行の創設者であり経営者であるムハマド・ユヌスとその成長中の社会起業ビジネスグループである[4]。ユヌスとグラミンの業績は、ビジネスの原理が社会起業に統合されたときの絶大な相乗効果を強調する、今日の社会起業家たちの間で反響を呼んだ[5]。バングラデシュやアメリカなど、いくらかの国で、社会起業家は、比較的「小さな国家」がやり残した空白を埋める作業をしている。他の国、特にヨーロッパや南米などでは、社会起業家は国家レベル、地域レベルの双方で、公的機関とより近い状態で活動する傾向にある。 ジョージ財団 (The George Foundation) の女性自立プログラムは、女性に教育、共同農業、職業訓練、貯蓄プラン、事業開発をほどこすことで、女性に力を与えている。2006年には、共同農業プログラムBaldev Farmsの耕作面積が250エーカーとなり、南インドで2番目に大きなバナナ農園となった[6]。農園からの利益は、労働者の経済的地位の向上や、財団の他の社会的活動のために用いられている[6]。 また、営利団体を作った者もいる。最近の例は、マッキンゼー出身でSKS Microfinanceの創設者かつCEOのヴィクラム・アクラ (Vikram Akula) で、インドのアンドラプラデシュ州で小口融資(microlending)ベンチャーを創設した。このベンチャーは利益を目的としているが、村の貧しい女性たちに既に急激な変化を生み出している。 厳密な意味で誰を社会起業家とみなすのかは議論の対象となっている。顧客から直接稼いだ収入に頼っている団体の創設者に限定する用語だとする立場がある。また、公共団体の請負業務を含むと拡大解釈する立場もある。助成金や寄付を含めるとする立場もある。この議論はすぐに収束しそうにはない。例えば、ピーター・ドラッカーはかつて、ほとんどの先進国では大学の大半が州からの資金援助を受けているのに、新しい大学を作ることほど起業的なことはない、と記している。 今日では、非営利団体、非政府組織、基金、政府、個人が、世界中の社会起業家に振興・出資・助言を行っている。多くの大学等が、社会起業家の教育・養成を目的とするプログラムを創設するようになっている。 アショカ財団(Ashoka: Innovators for the Public)、スコール財団(Skoll Foundation)、オミディア・ネットワーク(Omidyar Network)、シュワブ社会起業財団(Schwab Foundation for Social Entrepreneurship)、エコーイング・グリーン (Echoing Green)、UnLtd(イギリス)、社会起業家スクール(イギリス)、マンハッタン・インスティテュート(Manhattan Institute)、ドレイパー・リチャーズ基金(Draper Richards Foundation and Civic Ventures)、カナダ社会起業財団といった支援組織が、世界中の隠れた社会起業家を発掘し、光を当てている。 アショカ財団は、喫緊の問題解決に実践レベルで取り組むコミュニティづくりのために、社会起業家に対しオンラインでアショカの社会資源オープンソースプラットフォーム「Changemakers」を提供し、問題解決を競い合うコラボレーションを作り出そうとしている。 北米の支援組織は、一部の社会起業家に焦点を当て、ヒーロー化する傾向があるが、アジアやヨーロッパでは、社会起業家はチームの一員であり、ネットワークの一員として、社会を変えていることをより重視している。

【中小企業庁】

【中小企業庁】 中小企業庁(ちゅうしょうきぎょうちょう、The Small and Medium Enterprise Agency)は、日本の行政機関の一つ。 中小企業の育成、発展に関する事務などを所掌し、経済産業省の外局として設置される。 中小企業庁は、中小企業庁設置法第1条の目的「健全な独立の中小企業が、国民経済を健全にし、及び発達させ、経済力の集中を防止し、且つ、企業を営もうとする者に対し、公平な事業活動の機会を確保するものであるのに鑑み、中小企業を育成し、及び発展させ、且つ、その経営を向上させるに足る諸条件を確立する」を達成することを任務としている。 当該任務達成のため、次に掲げる事務をとりおこなう。 1.中小企業の育成及び発展を図るための基本となる方策の企画及び立案に関すること。 2.中小企業の経営方法の改善、技術の向上その他の経営の向上に関すること。 3.中小企業の新たな事業の創出に関すること。 4.中小企業に係る取引の適正化に関すること。 5.中小企業の事業活動の機会の確保に関すること。 6.中小企業の経営の安定に関すること。 7.中小企業に対する円滑な資金の供給に関すること。 8.中小企業の経営に関する診断及び助言並びに研修に関すること。 9.中小企業の交流又は連携及び中小企業による組織に関すること。 10.中小企業の経営に関する相談並びに中小企業に関する行政に関する苦情若しくは意見の申出又は照会につき、必要な処理をし、又はそのあつせんをすること。 11.前各号に掲げるもののほか、中小企業に関し他の行政機関の所掌に属しない事務に関すること。 12.所掌事務に係る国際協力に関すること。 13.前各号に掲げるもののほか、法律(法律に基づく命令を含む。)に基づき中小企業庁に属させられた事務 下請代金支払遅延等防止法は、親事業者の下請事業者に対する優越的地位の濫用行為を規制する日本の法律である。独占禁止法の1つを構成する。通称下請法。 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の特別法として制定された。2003年の改正により、規制対象が役務取引に拡大され、違反行為に対する措置の強化が行われた。 親事業者が禁止行為を行っている場合、公正取引委員会は、親事業者に対して、現状回復措置等の必要な措置をとるべきことを勧告するものとされる(7条)。また、公正取引委員会と中小企業庁が共同で定期的に書面調査・立入検査を行っている。さらに、親事業者の義務違反や禁止行為があった場合、立入検査を拒んだ場合などは、50万円以下の罰金が規定されている(10条以下)。

【起業家】

【起業家】 起業家(きぎょうか、英語:entrepreneur)とは、自ら事業を興す(起業)者をいう。通常、ベンチャー企業を開業する者を指す場合が多い。「アントレプレナー」とも言う(フランス語 “entrepreneur”(アントルプルヌール)の英語読みより。女性の場合はentrepreneuse―アントレプルヌーズ)。 ヨーゼフ・シュンペーターはその経済理論において経済革新につながるイノベーションの担い手として重視した。 中小企業庁が行った調査では、ベンチャーキャピタリスト等のベンチャー企業を支援する専門家が、創業者に必要な資質として多く回答したのは、 環境変化に適応する柔軟性(48%) 決断力・積極性(36%) であった(中小企業庁「中小企業創造的活動実態調査」を参照)。 日本では、諸外国に比較し起業活動が極めて少ない[1]。その原因には根深いものがあり、日本人の根本意識、習慣とも関わっている。一般的に挙げられるものには、以下のようなものがある。 意識、風土的事項 日本人の心に頑固に根いた「寄らば大樹の陰」意識に起因するものであり、能力の有無、資金の有無、時間的余裕の有無、好況・不況、税制、規制緩和等の環境の変動等とは無関係に、基本的に国民の共通認識(意識)として根強いものがある。学生は大手企業や官公庁への就職指向が強い。若者の進路指導を担う教員が安定志向である。 幼少期からの学校生活においても、個人の自立性より集団志向が非常に要求される風土がある。 風土という点においては「皆と同じであること」を美徳とする日本的発想もそれに拍車をかけている。 家族・親族などの反対 習慣、商慣行的事項 労働市場が閉鎖的。 排他的な市場(ただし業種による) 制度、信用・金融システム的事項 事業の開始に当たっての法規制が多い。関係する行政の窓口も多数あるなど手続きに時間と資金がかかり負担が大きい。特に、新しい技術を用いた創造的な事業ほど規制をクリアするのが困難で、実行に移すのが難しくなっている。 金融システムは間接金融がメインであり、資金(建物も)の貸借契約においては、連帯保証人、物的担保、実績などが重視され、創業期における資金調達は困難となっている(創業期における直接金融を引き受ける者がほとんどいない)。 中小企業に対する貸出しは金融機関の経営環境や国の金融政策の変化の影響を受けやすい(金融政策としての起業を育成する意識の不足)。また、起こした事業が失敗(経営破綻、倒産)した場合には、創業者個人が「身包みはがされる」ことになり復活が不可能。債務整理後の再挑戦も難しい(いわゆるブラックリストの長期保存)。

【起業】

【起業】 起業(きぎょう)とは、新たに事業を手がけること。その担い手を起業家(アントレプレナー)と呼ぶ。創業ともいう。 第二次世界大戦後の日本において起業が活発となったのは、主に終戦後と高度経済成長期である[1] 。 起業のうち、1.独立性、2.新規性、3.開発志向、4.成長性を有する事業を特に「ベンチャー」(略称「VB」)と呼ぶが[2]、ベンチャーの起業についてみると、1970年代の日本ベンチャー・ビジネス協会設立頃の第一期の「ベンチャーブーム」、1980年代のハイテクブームを背景とした第二期のベンチャーブームがある[3][4]。 バブル経済崩壊後は、起業は減少傾向にあるが、インターネット・バブル以降、情報関連企業の起業が活発化した時期もある。 起業する際の経営スキル向上のための一般向けの起業家教育が行われている[5]。 また、資金力や経営ノウハウの乏しい創業期において、インキュベーターによる援助を受ける場合もある。近年、大学等がインキュベーターの設立に乗り出し、起業支援体制は徐々に整いつつある。 日本政府は、起業しやすい法制度とするため、当時(1990年改正の商法で)存在した会社設立時の資本金規制(株式会社で1000万円以上、有限会社で300万円以上)について、サラリーマンなどの事業経営者以外の者が設立する際に限り資本金規制を緩和する等、中小企業支援のための法整備を行った。2006年5月には会社法が施行されたが、同法においては、資本金規制が完全撤廃されている[6]。 形式的には資本金1円で株式会社の設立が可能である。しかし、業種によっては個別の法令で最低資本金の制限が存在し、登記にかかる費用などは別途20万円以上かかる。そもそも現在の通貨価値において1円の資本金の企業の存在意義についての問題もある。 一連の法整備では、創業間もない企業に資金を供給する「エンジェル」と呼ばれる個人投資家に対する税制の優遇措置も行われたが、諸外国に比べメリットの少ない問題点が指摘されている[7]。 日本の学生は、生涯にわたり企業や官公庁に雇用されること (「就社」とも言われる ) を希望する者が多く、米国や台湾と比較すると起業を目指す若者が少ない。資金調達が主に銀行などの間接金融が中心であったり、経験のない個人には資金の調達が難しかったり、大量資本のために借金して経営に失敗すると個人として多額の借金を負う社会環境があること等に原因があるともいわれるが、起業家(アントレプレナー)があらわれなければ、制度的、経営的に起業容易な社会環境が整えられたとしても、起業が活発になることはない[8]。 日本の学校教育では、戦前の旧国民学校高等科、さらに戦後しばらくの間、義務教育(中学校)の課程において職業教育(実業教育)が行われていた時期もある(戦前は実業科、戦後は職業科という教科)。しかし、旧文部省は義務教育における実業教育を課程から削除したため、実業教育は、職業高等学校や実業学科を置く一部の大学のみに委ねられることとなり、起業を含めた実業に関する理解を深める機会がほとんど無いまま社会に出される若者が大量にあらわれるようになった。 こうした状況において、起業家の輩出に対応できるような教育制度の改革が求められている。起業に関する講座を開設したり、アントレプレナーコース(起業家養成コース) などの専門課程を大学院に開設する大学も出ている。 文部科学省の調査によれば、起業家育成のための授業を新たに開設した大学は、国立30大学、公立12大学、私立97大学が数えられており、開設講座数は合計で330科目 になっており、今後の教育成果に期待される[9]。